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実父の昔話を聞く(横浜・高島機関区の話)

オバさんの日記

今日は実家へ行き、実父とゴハンを食べてきました。

新型コロナで外出がしづらくなり、月イチの飲み会や友人との会合が実現できなくてメゲています。

 

今日は食事のときの話題が昔話、それも戦後の父の記憶になりました。

 

父の父(わたしの祖父)は床屋を経営していたのだけど、
戦中は軍事工場に勤務、
戦後はすぐに床屋をひらくことができず、横浜の高島機関区というところで出張床屋をしていたというのです。

 

当時5歳だった父を、祖父はなぜかたびたび高島機関区の出張床屋に連れて行ったそうで、そこでの思い出話を聞かせてもらいました。

 

横浜機関区での出張床屋は小さな貨物を借りて行っていたそうで、
まわりには同じようなお店がたくさんあり、

 

父には

機関庫の黒い粉がたくさん入ったお風呂に入れてもらったり、
なべやきうどんをごちそうになったり、

可愛がってもらった記憶と

 

自宅から桜木町までいく列車はいつもぎゅう詰めでいつも押し込まれるように乗り込んだこと、

 

そこにいくまでの桜木町の橋のあたりには
傷痍軍人とよばれる戦争で傷を負った人がたくさんいてハーモニカを吹いたりしていた風景を今でも覚えているのだそう。

 

一緒に行った長男も歴史の教科書で触れたような内容を自分の祖父が体験していたことに驚いた様子でした。

 

というか、私も驚いたわ

 

昭和・平成・令和となり、戦後は遠い遠い過去の話のようだけど、
身近にそれを知っている人がまだまだいるのだと思うと不思議な気持ちだし、

 

聞いたことは忘れないように、
長男や長女には伝えておこうと思いました。

 

それにしても

今の80代はそんな戦中戦後に幼少期をすごして高度経済成長と前回の東京オリンピック、バブル経済、アナログからデジタルへ、そして今回の世界的な疫病騒ぎ。

 

ほんとに色々なことがおきているので、

今回の新コロ騒ぎも私達がオロオロしてしまうのに比べ、
どこか「今度はなんだよ、またかよ・・・」みたいなとらえかたをしているように見えます。

 

ちなみに横浜の高島機関区は現在の、横浜みなとみらいスポーツパークの周辺にあったらしいです。

 

父の世代には大好きなものを食べて、
元気にすごしてもらいたいなと思います。ではでは、また。

 

 

 

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